エッセイ

何があたりまえかということ

昔、僕が農業で生計を立てていた頃のはなしですが、米や野菜を買ってくれる人に「無農薬栽培ですか」と聞かれると「いえ、べつに」と答えていました。

「じゃあ使ってるんですか」と聞かれると「使っていません」と答えるのですから買う人は意味がわからなかったと思います。

自分の食べるものを自分で作って生活している者にとってはこれがあたりまえのことで、わざわざ口に出して言うことではないと思っていたのです。

 

「世界人類が平和でありますように」という立派な標識をお寺などで見かけると不思議な気持ちになります。なんでそんなあたりまえのことをわざわざ言われなくてはならないのかと。

もし、地獄の三途の川のほとりにこの標識が立っていたらなかなか味わい深い物になると思いますが、平和があたりまえの天国では、こんな標識は絶対に立っていないはずです。平和を願っている人がいないところで意味を持つ物がお寺に立っていることに問題があるような気がします。

 

整体道場に「みなさんが健康でありますように」なんて掛かっていたらどうですか?

それを見て「救ってもらえる」と思った人は良くならない人です。

「健康でありますように」というのは健康でないと認めているからです。

整体道場に似合う言葉といえば、まっ先に思い浮かぶのは「天行健」です。勝手によくなることがあたりまえということです。

 

健康とはなにか特別な努力を重ねた先で得られる物ではありません。気がついたら身の回りにあたりまえにある物です。

健康を求めるのは、健康を失っているからです。健康な人は健康について考えません。

「自分はいつも食事や睡眠に気をつけている。だから健康を維持できている」という人を健康だとは思いません。それでは心が萎縮しているからです。それに健康管理された体なんて鈍いに決まっています。

「足が冷えているから足湯をしてみてください」と話した人に、何年か後に「あれから毎日足湯をしています」と言われて驚いたことがあります。そんなことをしているから足が冷えるのです。足が温かい体とは、足湯を必要としなくなった体のことです。

 

健康な体には病気がないのがあたりまえです。病気になってもすぐ経過してしまうし、そして以前よりも強くなっていく。その経過にはなんの努力もいりません。

間違った生活や萎縮した心から生まれる不健康な体に病気はつきものです。それがあたりまえです。

現代医療の問題点は、不健康な体をそのままで病気だけ取り除こうとしていることです。それは自然の摂理として無理なことなのに、それを可能にすることが科学的進歩だと思っていることです。

 

 

皮膚は心の状態が現れるところです。

子どものアトピーを治すには、本人の体よりも母親の心を整えることが効果的だったりします。まだ自立していない子供の場合は、アトピーがあることがあたりまえだという子どもの心の状態を作っているのは母親であることが多いのです。

 

生後からひどいアトピーのある子どもを持つEさんというお母さんがいます。

まだ乳児の我が子を保育園に迎えに行ったとき、みんながお昼寝してる中で我が子の顔だけにハエが集中して膿んでいる皮膚をなめているのを見てショックを受けたそうです。皮膚の膿にハエが卵を産んでウジ虫が湧くところまで想像したときに、もう本気で治すことに決めたといいます。

Eさんはお風呂で体を温めるという方法をとりました。

アトピーがひどくなるから風呂に入れない方がいいというアドバイスもありますが、Eさんはお構いなしに風呂に入れて洗い流し続けました。いちがいに風呂がいいとか悪いとか言っても、入れる人の心の持ち方次第で皮膚も気持ちもゆるんだりゆるまなかったりします。大事なのは、「これで治す」と腹を決めたEさんの心に迷いがなかったことです。

子どもにとって大事なのは、お母さんの心の持ち方の変化です。それがEさんの場合は、こうと決めたらはっきり態度にあらわす人だったのですが、治すと決めたことがこちらにも伝わってくるほどだったので、まだアトピーが残っている頃からこれはもう治ると思いました。子どもの方からすればお母さんが治るともう決めてしまっているのでそうなるしかありません。アトピーはなくなるべくしてなくなって、いまでは跡形もありません。

 

秩父のHさんのハルカちゃんもアトピーの小学生でした。ステロイドで抑えていましたが、もうやめたくなってうちにやってきました。

何度か操法をするうちに体がゆるむ気持ちよさも覚えてきて、ステロイドをやめてみることにしました。

しかし、薬で抑えてきたものはそう簡単には終わりません。薬をやめた反動で前よりひどくなってしまいました。

あまりにかわいそうに思ったHさんが、「もうちょっとだけ薬使ってみる?」と聞くと、ハルカちゃんの答えは「私はもう治すって決めたんだから、これくらいでいちいちたじろがないでよ!」というものでした。

それでもアトピーは続きました。Hさん親子にとってはつらい時期でした。

その次にハルカちゃんが言い出したのは「お母さん、うちを整体道場みたいにして!」でした。「整体道場みたいにってどういうことなの?クラシック音楽がかかっていること?猫や鶏が歩いていること?いったいなに?」

Hさんには意味がわかりませんでした。

ハルカちゃんも、道場に来ると調子がいいような気がするけれど、具体的にどこをどうすればいいのかはわからないようでした。

そしてまた何回か奏法を受けるうちに、「わかった、お母さん、うちの中を片付けて!」と言い出しました。

「これはいったいどういうことでしょう」と相談に来たHさんの話を聞いて僕は唸ってしまいました。心の悩みや、もう一歩踏み込めばいい人に「部屋の片付けでもしたらどうですか」と僕もよく言っていたからです。だから、「それはもうその通りに受け取って家中片付けてください。床にものを置かないこと、箪笥の上や棚に空間があること、物を思い切り減らすことです」と話しました。

べつに家が片付いているか見に行ったわけではないのですが、その後急に肌がきれいになったハルカちゃんを見て、Hさんが本気で家の片付けに取り組んだことがわかります。

体が変わってしまうほどの片付けなのですから簡単なことではありません。というよりも、問題の核心がここにあることに気づいた人にしかこの壁を乗り越える動機が得られないのです。

 

「道場で座っているとなんだか体が整う気がするんです。どうしてでしょう?」と呑気に聞いてくる会員さんには「体がそうなるように道場を作ってあるからです」と答えていますが、部屋の片付けとアトピーの関連性に自分で気づいた小学生もいることを知ってほしいものです。

アトピーが心の状態を表すことがわかって、散らかった部屋で過ごす自分とアトピーがセットであることもわかったのなら、部屋が片付けばアトピーがないことがあたりまえになります。

 

ハルカちゃんのアトピーが良くなったのを見て、アトピーの子を持つ多くのお母さんから「いったい何をしたらそうなったの」と聞かれるそうです。Hさんはそういった質問に対しては片付けのことも整体道場のことも話さないそうです。

「だってみんな自分を変えずに治してもらう方法ばかり聞いてくるから、そういう人と道場の話にはならないんです。」

 

アトピーを治すことも治してもらうこともせず、山をいくつも越えながら自分たちの暮らしかたを変えることだけでアトピーがないことがあたりまえの体をつかみ取ったHさん親子には、「治る人」と「治らない人」の区別もつくようです。

 

こういったことはアトピーに限らず、喘息など心の状態が深く関わる病気すべてに言えます。しかし、皮膚と呼吸器に現れる影響が顕著なだけで、ほんとうは心が関わらない病気なんてないのです。

片付けも他のことに置き換えることができます。転職、引越し、離婚などは大きな影響力を持ちます。自分の病気と結びついている習慣を見つけ出して捨てることです。

自分の身の回りの環境と、自分の心と、体の状態はお互いに影響し合っています。ひとつだけ転換させることはできません。