エッセイ

コトが起こる前の愉気

僕の父は、定年退職と同時に自宅の自室に閉じこもるようになりました。ずっと仕事人間で家庭生活の中に自分の役割を見つけられず、どう過ごしていいかかわからないままでした。

運動を勧められても続かず、数年のうちに体はみるみる衰え、原因不明の体の違和感や症状が出始めてさすがに本人も危機感を持つようになりました。

その頃、整体を習い始めたばかりの僕は、そんな父に対してまったくの無力でした。覚えたての整体操法をやってみると父は「楽になる」とは言ってくれましたが生活が変わっていくようなことにはなりませんでした。それは、運動しろとか、こういうことをすると体にいいよとか生きがいを持てとか、そんなことを説得して人の体を変えられるつもりでいたので父の心に届かなかったのだと思います。かけた言葉だけが空回りしているのはわかっていましたが、どうにもなりませんでした。

そんな状態のなかで、父は僕の愉気を受けているうちに「これが整体なのだったら、もっと受けてみたい」と言いだしたので、師匠の岡島先生にお願いして大塚の道場まで通うことになりました。週に一回、操法を受けてその前後に自働運動をして帰って来る生活が始まりました。

岡島先生に、「父はどうでしょう?」と尋ねると、「操法を受ける心ができているから大丈夫ですよ」と言われました。しかし、その後いくら待っても生活や体の様子に変化は見つけられませんでした。そこで父に「先生に何か言ってもらってる?」と聞きますが、「何も言ってもらったことはない」と言います。何が大丈夫なのか全然わかりませんでした。

 それから2年くらい経って恐れていたことが起き始めました。運転中に信号待ちをしながら気絶してしまったり、ソファに座ったまま失禁してしまったり、言葉が出なくなったりしていた父は、脳梗塞を起こして倒れました。

父が倒れたという連絡を受けてすぐに駆けつけて愉気をしました。脳梗塞をやった直後の頭はビリビリして独特の感じがあります。こちらから見て意識があるのかないのかわからないような状態の時、本人の薄い意識は、自分がどこへ向かえばいいのか、どちらに向かえばもとに戻れるのかがわからなくて宙をさまよっているようです。そんな父に向かって気を送ると、父の意識はすぐにこちらに気がついてまっすぐこちらに向かって歩み出したのがわかりました。あっけないほど簡単に父の意識は戻りました。意識が戻ると、徐々に体も動かせるようになってきました。もとに戻れたのです。

これは普通はなかなかないことです。あれから脳梗塞をやった人をずいぶん観てきましたが、愉気をしても反応しない人が大半なのです。いくら「こっちだよ」と呼びかけても、その声に気がつかず向こう岸まで川を渡って行ってしまう人を見るたびに父の回復の仕方を思い出しては不思議に思っていました。

 今だからわかることですが、父は自分が戻る道を知っていたのだと思います。それは、岡島先生が戻れる道をつけてくれていたということです。素人目に結果だけを見ると、岡島先生の操法をずっと受けていたのに父は脳梗塞を起こしてしまった。それを僕が愉気して回復させたというふうに見えてしまいます。しかし僕がやったのは、コトが起きてから呼びかけただけです。コトが起こるずっと前から「戻る方向はこっちだよ」と手を当てて父に示してくれていたのは岡島先生だったのです。

 こういうことを最近よく思い出すのは、昨年のできごとがあったからです。それまでずっと僕たちから愉気を受けていた女性がくも膜下出血を起こして倒れてしまったのです。頭をハンマーで殴られたような感覚があって体が動かないと聞いてすぐに州子が自宅まで駆けつけましたが、激痛は収まらず救急車で医療センターに搬送されて緊急手術になりました。その女性は過去の打撲など、それなりに体の問題はあったけれど平素から熱心に愉気を受けに来てくれていたし、気の通りがいいのでそんな事が起こるとはこちらも夢にもおもわなかったのです。だから、本当にびっくりしました。

半身不随の後遺症や命の危険までを覚悟した手術の後、病室を訪ねて愉気をしました。その時彼女に手を当てた感覚は脳梗塞をやったあとの父に愉気をしたときととても似たものでした。脳への愉気というのは、頭に手を当ててそこの窓から頭の中を覗いて見るような感覚ですが、彼女もまた道に迷ってはいませんでした。こういう時、脳を壊した多くの人は背中を見せて川の向こう岸へ向かっていくのが見えます。そこへ呼びかけても反応しないのです。しかし、父は僕の声に気付くとすぐに振り返ってこちらに戻ってきました。そして彼女は僕が頭の中を覗いた時にはもう窓の向こうからこちらをしっかり見つめていました。迷いさえしていなかったのです。その後の彼女は当たり前のようになんの後遺症もなく、病院の人が驚いて不思議がるような回復をみせています。愉気をしてなかった人とは明らかに経過が違うのです。死の淵を彷徨う時、生還するために必要なのは体力よりも戻る方向を見失わないことです。

僕たちはこの一件に関われただけでも整体の仕事をしてきてよかったと思っています。

多くの人は整体をコトが起きたあとで体を治す技術なのだと思っているので、コトが起きる以前に愉気を受けることの意味を理解している人はあまりいません。自分が死の淵から生還するような経験をした人だけが、振り返って見てやっと理解できることなのかもしれません。

彼女は、愉気を受ける意味というものを自分自身の経験を通して昨年末の忘年会でみんなに話してくれました。僕は、こういう出来事を愉気をしていく人たちの間で共有できればいいなと思って毎年忘年会をセットしているのですが、うちの忘年会を隠し芸大会だと思っている人はなかなかそこに参加することができません。こういう経験をした人に巡り合えて話が聞けるのも、その意味が理解できるのも、準備ができた人だけです。

 

師匠の岡島先生は、「整体でやっていることを理解してもらうのは所詮ムリなのだ。だから我々は報われることなどを期待してはいけない」とよく言っていました。それは、整体操法を受けに来る人が治療効果を求めていても、愉気をする私たちとしてはそんなことは眼中に置かずに愉気をしていくしかないのだということだと思います。だから、愉気を受けた人が人生の最期の時に「愉気というものはこういうことだったのか」とか、「あいつはこういうことをしたかったのか」などと思ってくれればそれでいいと思います。それは僕たちが自分で胸の内に秘めていればいいことなのですが、それをついこんなふうに書かずにいられないのは子供たちに愉気をしたいからです。整体操法に治療効果ばかりを求める人たちは、自分の子供にもなにかコトが起きてからしか愉気を受けさせに来ませんが、子供たちへの愉気というものは風邪をひいたり怪我をした時だけではなく、何もない時に受けさせてこそ体の中で愉気が育つものだからです。

 

以前、親子の間に気が通るということを、親がスパゲティを茹で始めたら子供が黙って席についてくれるようなことだと書いたところ、「私も夫や子供にそうしてもらいたいのですが、いくら言ってもぜんぜん聞いてくれないんです。いったいなんて言えばそうさせることができるのですか」というお母さんがいました。

僕は思わず、「いつも伸びきったスパゲティばかり食べさせているから席についてくれないんですよ」と言ってしまいそうになりましたが、こういうお母さんは根本的に勘違いをしています。

手を抜いた料理を出しておいて、それを喜んで食べさせる魔法の言葉など僕は知りません。そうではなくて、子供たちが待ち構えてくれるような気合いの入った料理を作ろうよと書いたのです。

気の通わない生活をして子供が怪我をした時だけ連れてきて、それを魔法のように解決するのが整体操法だと思われても困るのです。そうではなくて、後始末の必要のない充実した生活をしましょうよと言っているのです。そのためのよすがとなるのが、コトが起こる前に受ける愉気なのです。

 

お母さんのお腹の中にいる時から愉気を受け始めて10年、20年と愉気を受け続けている人たちがいます。そうやって愉気を受けている人たちは、何かコトが起きてから整体操法を受けるということがありません。それは、風邪をひいても怪我をしても放っておいて経過してしまうからなのですが、何があっても大丈夫だということがわかっているということでもあります。

そうやって愉気を受けて大人になった人たちの体に触れた時、特にお腹の弾力を観た時に感じる共通した柔らかさというか奥深さというものがあります。人のことを信じきって安心してこちらの手を受け入れてくれる感じです。それをまた料理の話で例えるなら、すごく手のかかって愛情のこもった料理をたくさん食べて育ってきたなという感じです。いつも自分が期待していた以上に美味しいものが出された経験をしてきているので、席について待っている間も自分のために調理をしてくれる人のことを信じきっているのです。だから手のかかった料理を受け取ることができるのです。それは、他人が自分に愛情を向けてくれることを信じているということであり、その愛情を受け取るための、自分と人とを結ぶ道がしっかりできているとうことです。

 

コトが起こる前の愉気とは、人の愛情を受け取る練習です。

それは、アクシデントの対処のようなこととはまったく別の、何があっても自分がよくなっていくことを見失わずにすむような大きな推進力を育てていくことなのです。