エッセイ

親から子へ、風邪の手当てで伝わるもの

現在の道場は、僕と州子と長女の春香の三人で回しています。

春香が最初から僕たちの整体の仕事に協力的だったわけではありません。州子が僕と再婚した時、春香はまだ15歳の中学生でしたが、高校生の時に学校を辞めて家を飛び出してしまったくらい反抗心が強くて、僕たちの仕事のこともよくは思っていませんでした。

「私は整体なんかやんないよ」と言うので、春香が結婚して長男を産んだ時も僕はほとんど手を出していません。15の時からずっと歯をくいしばるようにしてひとりでよく耐えていたと思います。

しかし、子供が生まれてからの春香の子育ての様子や言葉のかけ方を聞いていると、なんだかとても整体的なのです。実際の子育てに関しては、生まれてきた長男が持っていたアトピーや食物アレルギーに対してどう接していきたいかという点で僕達と意見が食い違うことはありませんでした。

こうして次男を産む時に初めて僕と州子が付き添ってうちの母屋で整体出産をすることができたわけですが、その時は「整体出産とはなんて楽なものだろう」と思ったはずです。しかしそれも、春香が一人で歯を食いしばって耐えた経験があったからこそわかることなのだと思います。

 

野口整体は空気伝染すると言う人もいます。直接的な技術では伝えきれない部分の方が大きいからでしょう。しかし、それまで州子が何を思って春香を育てていたかを考えれば気がつかないところで伝わっていて当たり前です。

 

出産時の自分に不安と不満があった中で生まれた長男と、家に戻って安心して産んだ次男とでは、基礎的な体力というか心の余裕がまるで違うことを春香は感じています。

春香の長男は、アトピーや食物アレルギーの他に、夜中に泣き叫ぶ得体の知れない不安を持っていましたが、次男には何もないのです。

良かった、悪かったではなく、こういう経験ができたことに母親としての懐の広さを僕は感じます。自分の人生に起こる出来事にとって大切なことは、うまく選択することよりも、いま目の前で起きていることに対して自分の心が正しいと思うことを本気でやるということだけです。

 

風邪をひいて熱を出しやすい長男は、夜中に発作を起こすこともよくありました。

「大丈夫なはず」とは思っていても経験がないうちは不安になります。夜中に呼ばれて州子が駆けつけることもよくありました。

そういうとき、僕は州子に「あまり真剣にやりすぎて、あの子が春香よりも州子を頼るようにしてはいけないよ」と釘をさすのですが、孫を溺愛していればそんな加減は難しいようです。

「頭をぶつけた時はジイジで、お熱が出た時はバアバにやってもらう」という構図がいつの間にかできていました。

「愉気をしてもらう」と言ってやってきた孫たちは母屋でじっと僕達を待っているのですが、僕達は道場に訪れた人にかかりきりで、孫が熱を出していても全く触れずに帰してしまうことは珍しくありません。それでいいのです。

 

先日の休日の早朝、春香から電話がありました。

夜中に子供達が二人とも高熱を出したそうです。ふうふうしながら、

「お熱が出たからバアバのところに行って愉気をしてもらう」と言ったそうですが、春香は「ママがやってあげるから大丈夫だよ」と朝まで頑張ったようです。

一応経過はしたけれど、やはり様子を見て欲しいとのことでした。

僕達の休日に熱が出せるなんて、ずいぶん気の通りがよくなったものです。

 

久しぶりにやってきた孫たちを抱き上げると、少しフラついているかなという気はするけど元気そうです。風邪をひいて熱がある時は思い切り甘やかすことにしているので、その日は一日州子がつきっきりで過ごすことにしました。

 

州子は縁側に座って外を眺めながら孫を抱いています。

「お熱が出てしんどいねえ。お熱の出せる子はとってもいい子だよ」

「チョウチョさんが飛んできたねえ。お熱が出てよかったねえって言ってるねえ。お空さんもよかったねえって言ってるよ」

「きりんさんも言ってる」

「そうか、きりんさんも言ってるか?」

 

汗が出やすいように抱っこしながら背中に手を当てていると、また熱が上がり出しました。

動きの悪い骨にて手を当てているとそこがズキズキと反応してきて動き出しました。するとさっきよりもっと熱が上がって、汗が出始めました。ぐったりしているけれども、とてもいい反応です。

 

熱を出してふうふう言っている子供にどう接してどんな言葉をかけてどんな唄を唄ってあげるか。それは多分、自分が生い立ちで母親にしてもらったことそのまんまです。

州子が孫にしていることを見ていると、州子が生い立ちでお母さんにしてもらっていたことが目に浮かびます。

州子のお母さんは子供達が風邪をひいたりすると般若心経の経本でからだをさすったり念仏を唱えたりしていたそうですが、いまの州子はそういうことはせずに整体の技術を使っています。そういった目に見える技術的なことではなく、「大丈夫よ」と子供に伝える心の持ち方が親子でそっくりなのです。それは娘の春香まで同じです。

 

自分がつらい時に心の底からどんな唄が出てくるか。それが親から伝わっていたことです。

心が落ち着くような唄が出てくるようなら心の持ち方に心配はいりません。技術的なことなど後からどうにでもなります。しかし、その逆は無理なのです。

自分がきちんと風邪を経過したことがなくて、病院で薬をもらわなくては風邪は治らないものとと信じている人(冗談ではなくて本当にいます)や不安をぬぐい去ることのできない人に整体のハウツーだけを伝えても何の役にも立ちません。

 

「風邪は病気ではないのだから自然に経過させてあげたい」

「自分の子供に薬は使いたくない」

そう願っていたはずのお母さんが、気が付いたら子供を薬漬けにしてしまっていたというのはお母さんのなかにある不安が原因ですが、それは親から伝わったものなのです。

お医者さんだって闇雲に薬を出しているわけではありません。

子供の症状が大したことなくてもお母さんが慌ててしまっていたら余計に薬を出してしまうものです。

そうはいっても、「自分が子供の頃に親に看病してもらった記憶がないから自分の子供にもどうすればいいかわからない」という人は意外と多いのです。優しくされたことなどないと言いたいわけです。

困難を乗り越える力を信じることではなく、「なにかあったらどうしよう」と疑うことばかりを親から伝えられてしまった人たちもいます。

 

整体操法の目的は、風邪をひいて熱を出したり転んで怪我をしたときの処置など、その場限りの困難をやり過ごすことではありません。何があっても大丈夫だと言えるような、次世代につながる心の持ち方を知ってもらうことです。

講座で愉気の稽古をするのは、人のからだに触れる稽古をしていくと、体のなかにもともとある、困難を乗り越える力というものを信じて引き出せるようになるからです。体の力を信じられる人なら対処のためのハウツーなど何も知らなくたって大丈夫なのです。

子供に伝えていくものを磨くために、若いお母さんには講座に出て欲しいと思っています。