エッセイ

女性の生理と更年期

女性らしい若さに溢れているうちは、生理が毎月来ることをめんどくさいと思っていたり、子供は望めばいつでも作れると思って不用意な妊娠を警戒することばかりに注意がいってしまうものですが、年齢を重ねて生理の回数が減ってくると、自分が女でなくなるような気がして寂しくなったりします。

 身勝手なものですが、この身勝手さこそが女性の本能であり生命の本質であるような気もします。生命を産み出し育む女性の本能こそが生命そのものです。

不妊症に悩む女性の多くがこの身勝手さに欠けて理屈に支配されて行動しているのをよく見かけますが、それでは女性の生命感は薄れてしまいます。それは自分の体に気が集まらないということでありパートナーからの愛情をうまく受け取れないということでもあります。

 

整体では、気の流れを整えようとする時、男と女ではまったく違った操法になります。

別に、意識的に男女を区別してそう導いているのではありません。男と女では、気の流れる方向が違うものだし、体がなりたがっている方向もまったく違っているからです。

 

男性には骨盤のエネルギーが頭にいってそこから全身を制御できるように調整していきますが、女性には頭がポカンとして骨盤にエネルギーが集まるように指導していきます。女性は、生殖器に気が集まると体が良くなっていくし、体が整っていくと生殖器の機能が高まります(男性はそうではないのです)。

 「女は子宮で考える」という言葉があります。この言葉を女性蔑視のようにとらえる人もいますが、それは女性の生理をわかっていない人です。これは女性のなかに存在する生命の神秘を賛美している言葉です。

 満月に合わせて生理や出産が起こるように、女性の中にあって体を突き動かしているものは自然界のはたらきそのものです。女性の、生命に対する本能的な振る舞いや感情の起伏を海岸での潮の満ち引きに喩えたなら、男性の骨盤の弾力などは打ち寄せる波にじっと耐えている防波堤のようなものです。そのくらい生命の大きさも躍動感も違います。

 

 女性が子宮に気が集まると体が整うことは、閉経後も変わりません。

だから閉経の仕方はとても重要です。毎月の生理も一気に排泄してサッと終わるのが良い状態ですが、腰のキレが悪いとだらだらといつまでも続いたりします。それと同じで、終わってしまってもう来ないのかと思っていたら忘れた頃にまた来たりするのは腰の動きが良くないからです。

 こういう未練症状が続くと閉経後の性エネルギーの行き場がわからなくなって、不満がたまって嫉妬深くなったりします。顔から汗が吹き出したり頭がのぼせたりする更年期の症状は皆、腰が変わらないことによる未練症状です。だから生理を上手にきっぱりと終わらせることでそういった更年期の症状もなくなっていきます。

 

 田んぼで稲を作るときに「中干し」という技術があります。

稲の生育初期は茎葉を増やして体を大きくすることにエネルギーが向けられていますが、ある時期を境に花をつけ実を結ぶ方向に転換していきます。その変わり目の時期を捉えて田んぼの水を切るというショックを与えることで体質を転換するきっかけにするのです。

 整体にもこのように時期を捉えてショックを与えることで体の変化を促す技術があります。妊娠初期に仙椎を叩いて母体の覚悟を促す「仙椎ショック」と、閉経の時期にきちんと生理を終わらせるための「花月(かげつ)操法」です。

 生理がいつまでもあることが良いのではありません。終わるべき時にきちんと未練なくスパッと終わりきることで、閉経後の人生が生理から解放された、より自分らしいものになっていくのです。

生理があるうちは、月の影響を感じながら自然界と同期しているのが女性の体でした。

閉経後は自然界の影響を感じつつもそれに縛られずに、本当の意味での自由になれる時期がくるのです。

 

生命に対する女性の本能は、10代で生理が始まってからの過ごし方でその感覚が養われます。生理の時に目と頭を休めるようにしながら骨盤に意識を合わせていくことでその感覚は養われるのですが、10代の現代女性は学校の勉強が忙しくてこんなことを感じている暇さえありません。せめて結婚して妊娠するまでには生理痛のない骨盤を育てたいものなのですが、それさえできずに妊娠してしまうと出産では母子ともにダメージを受けることを避けられません。きちんと準備ができて迎えた出産は母体にとって生まれ変わるほどの健康法とも言えるものになるので、野口整体では妊娠初期と出産直後の操法は特に重視していて独立した技術体系を持っているほどなのですが、本人の生命感覚がないと肝心な時を外さずに操法を受けに来ることができないのです。

 

無理な出産をした影響は骨盤のねじれになって現れますが、本人がそれに気がつくのは(体調が悪いことくらいはわかりますが)更年期近くになって膝が曲がらなくなったり子宮に筋腫ができたりした時です。

こうした時、婦人科では「もういらないでしょう」と言って実に簡単に子宮を切除しようとしてきますが、子宮の役割は出産に関してだけではありません。女性にとってのエネルギーのコントロールセンターなのですから子宮を失ってしまうと体全体がまとまらなくなってしまうのです。

 病院で生殖器を切除されると、次に起こることは膝の故障です(膝は生殖器の急所です)。婦人科の医師はこのことを知らないらしいのです。次に整形外科に行って膝の痛みを訴えると「老化だからもうだめですね」と言われて痛み止めにブロック注射を打たれます。ブロック注射は痛みを抑制するためのものですが、その名の通り、気の流れも完璧に遮断してしまいます。骨盤から足先へと抜ける気の流れがなくなれば生殖器が壊れるのですが、整形外科医はこのことを知りません。膝の手術やブロック注射が生殖器を壊すのです。

気の流れで体を見ている僕たちからすればかなりムチャクチャな方法と言える治療によって更年期障害は作られています。

 

以前、60歳くらいの女性が操法に通ってきていました。

女学生時代からの生理痛、出産の失敗、子宮筋腫の切除、膝の手術という婦人系の病気の王道を突き進んできた人でした。「子宮をとってしまえば生理もなくなって楽だよ」と言われてよくわからないうちに軽い気持ちで切られてしまってからずっと体の調子が悪かったそうです。膝が曲がらないためにもう十数年以上も自宅の和式トイレでしゃがむことができないまま用を足していたそうですが、本人のそのような辛さや切なさはいくら話を聞いて想像しても計り知れません。

病院で「もう治らない」と言われていた膝でしたが、膝には触らず、生殖器から膝を通って足先へ抜けて行く気の流れを回復させていくと正座ができるほどに回復しました。その女性は、十数年ぶりでトイレでしゃがむことができた時、嬉しさと悔しさがこみ上げてきて、トイレの中で大声を出してワンワン泣いたそうです。

 整体の仕事をしていると、世の中にはこんなにたくさん子宮を失った女性がいるのかと驚くばかりです。そしてそれは膝の曲がらない女性の量産へと繋がっています。だから僕たちの整体からの立場では、生殖器にメスの入れられた女性にこそ手厚い処置が必要だと思っています。

 

みんな生殖器を治してもらいたくて病院に行くのに、どうしてこんなことになってしまうのかといえば、女性にとっての子宮の役割や生理の意味が軽視されているからです。

女性にとっての子宮の役割りには不満などの感情が内攻したものを吐き出すエネルギー調整というはたらきが重要なのに、その不満を誰にも理解されないまま機械の修理をするみたいに扱われたのでは治ることなんかできないのです。

 

「生理があるのが若いことで老化したら閉経して女は終わり」という認識は幼稚すぎると思いますが、これが世間一般での閉経と更年期に対するイメージです。

それは、生と死が連続した一つのものなのに、死だけを忌み嫌って生をいたずらに引き伸ばそうとばかりしている現代医療のあり方とぴったり一致しています。

 

生命の本質は、生まれ変わるということです。

女性の毎月の生理は、死ぬことで新しい命が生まれることです。

そして閉経も、これで終わってしまうのではなく、終わることで生理から解放された女性として新しく生まれ変わることなのです。