エッセイ

命をかけて取り戻したかった愛情

もう亡くなってしまったけれど、いつまでも忘れられない少女がいます。

僕たちは、その少女を「ミッちゃん」と呼んでいました。

すでに成人していたはずだけれど、いつ思いだしても少女のようにしか思えないのは、彼女が最期まで大人になりきれていなかったからかもしれません。

 

「整体操法を受けたいのだけれど、体が動かないので家まで来てくれませんか」という電話を受けて訪ねた家は、飯能の山奥にありました。

山道をしばらく走ってもう人家もなくなってきて、日も落ちてしまって、もうこれは完全に道を間違ったなと思った先に、こんな山奥に不似合いな、裕福な家庭の別荘のような家がありました。

彼女はそこにたった一人で暮らしていました。

その家に着いたとき、すでにあたりはすっかり暗くなっていたのですが、ほとんど灯りのついていない薄暗い家に入ると、中から迎えてくれたのは、体重が20キロあまりの骨と皮だけの少女でした。

こんな少女が、こんな山奥に一人で住んでいるということだけでも尋常ではない事情が察せられます。

家の中の空気は淀んでいて、妖気と呼んでしまって差し支えないものでした。

昔の人が妖怪と呼んだものは、人の姿を変えてしまうほど激しい恨みや怨念がたまって、日常生活が世間の中では普通に送れなくなった人だと僕は思っているのですが、彼女はまさにそれでした。骨格標本のように全身の骨がくっきりと浮き出た体は、普通と違っていました。

食べるものがなくてやせ細ったアフリカの子供の写真を見ても、痩せているだけで、骨格の位置が変わったりはしていません。

彼女の飛び出した尾骨も首のカーブも肩甲骨の位置も骨盤の角度も、いままで見たことがないものでした。彼女が過去に経験した悲しみや苦しみによってもたらされたものであることは間違いありません。

その家に足を踏み入れる決心をするため僕が探したものは、彼女がたしかに人間の少女である確証だったような気がします。

しかし、意を決して彼女の体に触れた後は、恐怖を感じるどころではなくなってしまいました。

いままで経験したことのない、大きな悲しみと苦痛が僕の中に入ってきたからです。

 

「実家にいられないから出てきた」

「病院には何度もいったけど手に負えないと断られた」

ポツリポツリと話す断片を聞くごとに謎は深まります。

「これは何年もかかるな」と思いました。

 

彼女に僕を紹介してくれたのは、友人のヒロコさんでした。

ヒロコさんは、「ミッチャーン、今日も生きてるかー」と明るい声で彼女を尋ねては野菜を届けたりして励ましていました。昼間に会う彼女は、ヨロヨロしながらも表情は明るいそうです。

でも、僕が訪ねる夜の彼女は魔物のようでした。部屋が明るいことを嫌うので、ろうそくの灯りで操法をするのですが、べつに痛みを与えてるわけではないのに、体をゆるめていくと彼女は吠えるのです。お腹の中に得体の知れない情念がたまっていて、それが出てくるようです。

あどけない少女の口から出る猛獣のような罵声の中で操法は続きました。映画「エクソシスト」の中に悪魔祓いのシーンがありますが、あれとあまり変わりありませんでした。

初めて会ったときは「死んでしまうのではないか」という心配をしましたが、苦しみを放出している様子を見ていると、弱いのではなく、生きようとするエネルギーがとても強いのです。その強いエネルギーを向けたいものがあるのに、それが叶わないために、とんでもなくこじれてしまって苦しんでいるのだということがわかってきました。

お腹にたまっているものを吐き出せると体は楽になっていくのが普通ですが、彼女は体が楽になった分だけ向き合わなければならない現実の自分がつらくて、また夜の世界に戻ってしまうということを繰り返していました。

 

彼女は、子どもの頃からずっと両親の愛情を求めて、それを待っていたようでした。

ヒロコさんや近所の人たちは、彼女のご両親が名門私立高校の理事かなにかで、多忙すぎて彼女に会うこともできないのだと言っていました。でも、世間体を重んじる教育者が、こんな状態の娘がいることを知られたくなくて厄介払いしたのだろうとは、みんな思っているようでした。

 

それでも近所の人たちに支えられて、だんだん外にも出られるようになってきました。季節が幾度か変わると自転車にも乗れるようになるほど回復しました。そして、外出もできるようになってきたときに、突然、交通事故に遭って死んでしまいました。

あんなに激しい苦しみのなかでも死なず、生死の境をなんども生き抜いた彼女が、ぜんぜん別の理由であっけなく死んでしまったことが、僕には理解できませんでした。こんなことはあり得ないことです。

しかし、体を壊して動けなくなっていたのも、自転車で事故に遭ったのも、両親の愛情を取り戻すためなのではないかと思ったら、すべてが納得できました。あの、普通ではありえない体の壊れ方の理由もわかりました。

 

でも、彼女の葬儀にご両親は現れなかったそうです。