エッセイ

尾骨の打撲

中学校の部活でバスケットボールをやっている女の子が尾骨を打ってやってきたので「とても大事なところだから、ここだけは打たないように気をつけてね」と話したところ、その子は困った顔をして「試合で相手のファールを取るために、わざとおもいきり尻もちをつくんです」と話してくれました。

そんなことをやろうと思っても実際には怖くてなかなかできないはずなので、「よくそんなことができるね」と尋ねると、

「普段から尾骨をわざと打つ練習をコーチに指導されてやっています」と聞いて驚いてしまいました。そんなことを誰も疑問に思わないでやっているのかと。

 

「その練習をするときはどんな気持ちなの?」と聞くと、「あまりいいことだと思ってません」と答えてくれました。

実はこの部分に重大なトラップが潜んでいます。

「卑怯なことかもしれない」という素朴な思いが「ルール違反ではないから正しいことだ」という解釈によって「ゲームに勝つためにはやったほうがいい」という結論に誘導されています。

しかし、水面下で起きているそれより大事な問題とは、「尾骨を打つのは避けたい」という体を守るための本能的な拒絶を「思い切り打ってもかまわない」というふうに刷りなおされてしまっていることです。

 

本来、尾骨をわざと打つことは、怖くてできないのが正しい感覚なのです。

スポーツで結果を出すために選手の体を壊してしまう指導については、指導者の体に関する無知ですから、これ以上はここでは話しませんが、子ども本人に少なくともスポーツを始める前に自分の体にとっておかしいことをおかしいときちんと感じ取れる心を育てておきたいものです。

骨盤を打つことにためらいがなくなってしまったら、これから生理、妊娠、出産をしていく女性としてたいへんまずいのです。