エッセイ

Kくんの打撲

Kくんがはじめて操法を受けに来たのは、小学2年生のころでした。

 Kくんのお母さんは、Kくんにいつも頭痛とめまい、肩こりがあることを僕に説明しながら、「でも、どうしてそうなるのかが、わからないんです」と話してくれました。肩こりをほぐしたり、頭痛薬を使ったりしても、すぐまたくり返すのは、なにかべつの原因があるからと感じているようでした。

 

 学校でKくんは、先生から「落ち着きがなくて困ります」と言われていたので、お母さんは多動症ではないだろうかと疑ったりもしました。でも、病院で検査してもなにも異常はみつからなかったそうです。別の病院では川崎病かもしれないと疑われたこともありました。熱を出しやすく、出した熱がなかなか引かない体質だったからです。

 ぼくが初めてKくんを見たとき、確かに「なにかおかしいな」と感じました。なにか別の人格に指令されているような不自然さがありました。おかしいのは頭だと思いました。

なにが頭をそうさせているのか。

K君の肩を触ってみると、かなりひどく硬直していました。肩こりは、目の疲れや腕の疲れなどで起こりますが、Kくんの肩は、習慣的な疲れのレベルではありません。こっているというより、ひどいダメージを受けて硬直してしまっている感じです。

 首を前に倒すと、首の後ろの下の骨が出っ張りますが、Kくんは、その出っ張る骨が固まっています。ここにダメージを受けたのだと思いました。そして今度は首を後ろに倒してみると、その出っ張る骨の緊張が最大になりました。これはムチ打ちです。

 車で後ろから追突されるとムチ打ちになりますが、事故に遭った経験がないKくんは前方から頭に衝撃を受けて、首が急激に後ろに倒されたのかもしれません。

 今度は頭に手を当てて探っていくと、ひたいの方向から首をすくめるような角度で衝撃を受けていることがわかりました。ぶつけたのはひたいです。

 「ひたいをぶつけた記憶はありますか」と聞くと、「まだハイハイしかできないころに、段差から前に落っこちて、下にあった火鉢におもいきり顔をぶつけました」と、お母さんがはっきり覚えていました。たぶんそれでしょう。

 体の正中線(左右を分ける中心の線)には、急所と呼ばれるところがいくつもあります。ぶつけると危ないところで、強く打つと死んでしまうこともあります。Kくんがぶつけていた眉間という場所も急所中の急所です。打ち所がもう少し下だったら、命も危なかったかもしれません。

 

 首が硬直していれば硬い筋肉が血管を圧迫して脳への血流が影響を受けます。

 Kくんの頭痛やめまい、肩こりの原因は、脳への血行が悪いことです。首がゆるめば頭痛などはなくなっていくのですが、Kくんにはもうひとつ、頭の中にもなにか異常がありました。

 急所を打っているので、打撲の衝撃が頭のなかにまだ入っているのです。それは姿やかたちのない、体の記憶のようなものです。頭にさわって気を通そうとしても、頭の中にあるなにかが気の流れを邪魔しています。それをなんとかしようとして、Kくんのからだは高熱をくり返していたのだと思います。

 それは腫瘍や脳出血のようなはっきりしたものではないのでMRIなどでは検出できません。病院の検査では異常なしです。それを表現できる医学用語などないので、ぼくは単に「気の通りが悪い」と表現しますが、秩序の乱れという異常もあるのです。

 

 Kくんの首の付け根に右手を当てて、左手はぶつけた眉間に当てながら、ゆっくり首を起こしていって、火鉢にぶつかったときの首の角度を再現してみます。それはもっとも緊張が高まる位置を探すことでわかります。

 その姿勢に来ると、手を当てた2点が一直線上でつながるようにお互いの点が反応します。頭のなかの異常も、この直線上にあります。衝撃を受けた2点をつなぐように触れていると、そのラインに硬直が浮き上がってきます。そのままじっと待っていると、硬直してきたところが今度はゆるんできます。

 ゆるむということは、その人を縛っていたものが、べつの形に姿を変えて体の外へ出ていくことです。

 このとき、熱が出たり、湿疹が出たり、汗が出たりとかたちはさまざまですが、この反応が出ているとき、体のなかから「やっとわかってもらえた」という声が聞こえるような気がします。

 

 Kくんの体は、べつにどこかが壊れていたわけではありませんでした。よけいなものが取れてしまうと体がきちんと動き出して、へんな症状は出なくなっていきました。これは、悪いところがなくなったというよりも、自由が取り戻せたというべきでしょう。

 

 体全体が整ってきて、本来の自分を取り戻したKくんは、好奇心の強い、運動の得意な活発な少年でした。落ち着きがないどころか強い集中力を持っていました。

 Kくんが自分を取り戻せたのは、お母さんがKくんの頭痛や肩こりの奥にあるものに気付いたからです。薬を飲ませて、湿布を貼って、「これで治るはずよ」というだけのお母さんだったら、こういうことは起こりません。